デジタルモードで世界と繋がる
- FT8 始めました -
前回のブログと内容が前後します。このブログを先に出さないと時系列が合わないのですが、前回は速報と言うことでYouTubeへの投稿を報告しました。また、一昨年の夏にアマチュア無線を再開してから、どうも木工ネタが減ってしまっていますが、両刀遣いで楽しんでいるので、そのうち木工作品の報告もします。今回はまたアマチュア無線関連です。
さて、本題です。昨年の夏に約40年ぶりにアマチュア無線を再開して驚いたことが沢山あります。当たり前と言えばそうなんですが、アマチュア無線もコンピュータ技術との融合が進み、無線機もSDR(Software Defined Radio:ソフトウェアラジオ)という技術で刷新されようとしています。これは、無線通信の様々な変調方式や通信方式を無線機のソフトウェアーを書き替えることで実現する技術です。そして通信方式にもデジタル化が始まっていました。既に、2000年頃からはデジタルモードの通信が始まっていたようですが、数十年アマチュア無線から離れていた浦島太郎にとっては驚くことばかりです。
今回、私が始めたのはFT8と呼ばれるデジタルモードの通信方式です。アマチュア無線の大きな楽しみの一つに、創意工夫して、限られた設備でなるべく遠方の局と通信を成立させたいということがあります。この通信方式もその楽しみをかなえてくれます。
システムの構成
無線信号の送受信を行うSSBトランシーバ-にPCを繋ぐ必要があります。PC上のソフトウエアーで送信信号の生成(コード化)と受信信号のデコード(解読)、およぶ交信の運用管理を行います。SSBトランシーバ-では、PCからのベースバンド信号をSSBで送信し、また受信した信号のベースバンド信号をPCへ渡します。
トランシーバとPCを繋ぐために若干苦労しましたが、私の使っているトランシーバにはUSB端子あるので、メーカーの提供しているドライバーソフト(パソコンのソフトウェアから無線機をコントロールするために必要となる仮想COMポートドライバー)をPCにインストールすることにより、USBケーブル1本で繋ぐことができました。FT8の運用ソフトウェアーとしてはWSJT-XやJTDXがあり、PC上にインストールします。その他にサポートするソフトウエアーがいくつかあります。
通信方式
この通信方式は、発案者の、Joseph Taylor博士(新型連星パルサーの発見の研究でノーベル物理学賞)と、Steven Franke両氏の名前からFT8(Franke Taylor designed 8FSK modulation )と呼ばれています。発表は2017年だったとのことです。もちろん、二人とも往年のアマチュア無線家です。
交信は15秒おきにメッセージを送受信して行われます。1送信(後述の1サイクル15秒)当たりのデーター量は、メッセージタイプ(8種)で3bits、 コールサインで28bits x 2、情報(位置情報GL, 受信強度レポート, RRR, 73など)で15bits, Flag等で3bit 、合計77bits (v2.0以降)です。この辺りの仕様はバージョンで多少異なるようです。
これを帯域50Hz(偏移43.75Hz)な中で変調方式8-FSK(周波数偏移変調frequency shift keying)で変調してSSB無線信号に乗せ、15秒サイクル(12.6秒送信)で、同期して送受信を繰り返します。世界中の時計がほぼ2秒以内(0.5秒以内が望ましい)の誤差で時刻を共有していることが前提です。
概ね、どのアマチュア無線バンドにも特定の周波数の3kHz(1音声SSB相当)帯域がFT8交信用に指定されていて、世界中の局がその中で交信します。その状況が次の写真(運用ソフトWSJT-Xの画面)です。
左端がほぼ500Hz、右端がほぼ3000Hzで、その間で約50Hz帯域幅のシグナルが複数現れていることがわかります。
8FSKの伝送速度6.25baud(ボー)で12.6秒間の送信とすると、3bit(値)×6.25×12.6≒236bits の情報を1サイクルで送ることになり、前述の通信内容に関わるデーター量77bits以外の159bitsは高度な誤り訂正と冗長構成のために使われていて、結果的に雑音電力比で-21dbの信号をデコードできるというチョー高性能を可能にしています。つまり、ノイズ電力の約1/100の受信電力の信号をデコードできるということです。通常の音声通信(SSB)で0db、CW(モールス通信)で-10dbと言われていますから、FT8はかなりの微弱電波でも受信できる方式となっています。この辺りの理屈は大変高度になるので私の理解力を超えていますが、要するに電波がすごく遠くまで届いて、めちゃくちゃ減衰してしまっても、交信ができるということです。アマチュア無線ですから何もわからなくても十分に通信を楽しめチャイます。
通信手順
送信するメッセージとそのシーケンスは概ね決まっています。次の写真(運用ソフトWSJT-Xの画面)右下のとおりです。1メッセージが1行に当たるので最小メッセージ数4で交信が成立しますから、最短で1交信1分以内が可能となります。15秒間で送信するメッセージの文字数には、定型:18文字、自由:13文字という制限があります。
通常、お互いが交換して記録(ログ)をとる内容は、コールサイン、受信強度(ノイズレベルに対しての相対値)、および位置情報、となります。日時や時刻情報はお互いの局が持つ時計で達成されます。位置情報は省略しても交信は成立します(コールサインからも概ね得られる情報ですから)。
上記の右の写真右下に基づいて、交信のシーケンスの例を示すと次のようになります。
相手が出しているCQにこちらから応答する場合:
TX1 を送信してCQに応答する。それに応答があれば、TX3を送信し、それに対する了解信号を受信できたら、TX5を送信して交信終了です。オペレータが手動でTX1の送信を開始した後はTX5まで自動的に進みます(順調な場合)。
こちらからCQを送信する場合:
まず、TX6を選択して送信します。このCQに応答があれば、TX2 を送信します。それへの了解信号を受信したらTX4を送信します。相手から73(さようなら)が送られてきて交信終了です。
しかし、電波の伝搬状況よっては、送信しても必ず相手が受信してデコードできるとは限らず、また相手からの送信も必ず受信してデコードできるとも限りません。折角の交信なので成立させるために、相手が受信して次のメッセージを送信してくるまで、何度も何度もチョーしつこく同じメッセージを送り続けて、結局30分頑張ってやっと交信成立なんてこともよくあります。
実際の交信の状況
無線機とPCをUSBで結び、必要なソフトウェアーをインストールして設定を完了するまでに、けっこう苦労して時間を費やしました。CQ誌の解説記事やYouTube上の先輩諸氏からの情報に助けられて、どうにか電波を出せる状況にまでなりました。FT8は無線機にPCを接続するので、電波監理局に変更の届け出をする必要があります。同時並行で届けを出していましたので、システムを組めたときには電波を出すことができるようになっていました。
PCにインストールしたソフトウェアー
ソフト1: WSJT-X
FT8を運用するための基本的なソフトウェアーです。最小構成ではこれだけでも交信はできます。同様なソフトウェアーとしてJTDXというのがあります。操作性の好みで選択されているようです。私はネットやCQ誌の記事で多く紹介されているWSJT-Xを使いました。
ソフト2: JT_Linker
WSJT-XやJTDXで交信した情報をTurbo HAMLOGに転送するソフトです。このソフトでeQSL、LoTWなどのオンラインログへの自動送信を行えるようですが、私はまだ設定していません。
ソフト3: JTAlert
とても楽しいソフトです。WSJT-XとTurbo HAMLOGと連動して、受信局のコールサインから、自分の局を呼んでいるのかどうか、既に交信済みかどうか、または設定した内容に応じて、受信したコールサインや送信されている種類(例えばCQ)を、WSJT-X 上の表示のカラーやサウンドで教えてくれます。いろいろな機能があるようですが、一番便利なのは、自分への受信信号をデコードした際に、あらかじめ選択したサウンドで知らせてくれる機能です。よそ見をしていたり、リグから離れていても音で知らせてくれるので、交信チャンスを逃しません。集中力の続かない私には必要なソフトです。最近はこの音を聴くと、ヤッターてな感じで嬉しくなります。
ソフト4: Turbo HAMLOG
これにはアマチュア無線家であればほとんどの方がお世話になっています。交信記録のログを管理する定番ソフトです。
ソフト5: JTSync
FT8は交信する局同士が同期して運用していなければ成立しない通信です。PCの時計は正確のように思えますが秒レベルではそうでもなく、FT8を運用するには精度が足りません。PCの時計を校正する方法はGPS USB レシーバーをPCに接続するのが一番精度が高そうですが、天候等でGPS信号の受信状態が不安定になることがあります。その他に、インターネットを使って日本標準時を配信するNTPサーバーの情報を用いて校正する方法もあります。例えば、“桜とけい” とかBktTimeSyncがあります。これらにはインターネット環境が必要となります。
私は最も単純な方法を使っています。それがJTSyncというソフトウェアーです。WSJT-Xは受信したメッセージの持つ時刻とPCの時刻との差分(DT;deviation time)を受信メッセージ毎に出力しています。JTSyncはその情報を一定数蓄積してその平均値を計算してPCの時計を校正します。その状況は次の写真が示しています。
左の写真はWSJT-Xのデコードしたメッセージから得たDTが蓄積されていく状況です。1列が1メッセージに対応します。既に20メッセージ近くデータが溜まったので、この状況で写真下のCalculateボタンをクリックすると、それまでのDTの平均値が計算されて、右の写真の下のように計算結果が現れます。ここでは0.55秒を示しています。つまり、多くの局の時計の平均値と、私のPCの時計が0.55秒ずれているということです。そこで、写真下のUpdateのボタンをクリックすると、PCの時計を0.55秒補正することができます。
そもそも交信する局との時刻を同期するということは、このDTを最小にすることですから、理にかなった方法です。みなさんに合わせますよー という若干無責任な方法ですがGPSもインターネットを使わずに簡単に同期をとることができます。
さて、設定が済んで初めて受信したときは驚きました。アンテナが無指向性のロッドアンテナで、かつDX(海外局との交信)の難しいバンドでも、簡単にはガンガン海外局からのメッセージをデコードし始めました。そして、こちらから応答してみると、東アジア、中国、中央ロシア辺りはすんなりと交信が成立します。
その後、アンテナをいろいろと調整しなおして、運用経験を積んでいくと、欧州、北米、南米、オーストラリア等、地球の裏側との交信も可能となってきました。このブログを書くためにシャックに改めて写真を撮りに行ったときも、オーストラリア、アルゼンチンとあっさり交信できました。その時のWSJT-Xの画面です。
上の写真の上部か2列(緑)がオーストラリアの局が出しているCQメッセージです。以下、次のようなやり取りです。
・私から(黄):CQへの応答メッセージ “私と交信しましょう”
・オーストラリア局から(赤):“シグナル強度-9dBで受信できたよ”
・私から(黄):“了解しました(R)、あなたのシグナルは強度-17dBで受信できたよ”
・オーストラリア局から(赤):“了解しました(RR)、さようなら(73)”
・私から(黄):“はい、さようなら(73)”
次の写真はアルゼンチンの局とのやり取りです。
Turbo HAMLOGの写真です。下2行に、上記の2つの交信が記録されています。
すぐれものPSKReporter.info
これはすぐれものです。海外との交信は電波の伝搬経路が電離層反射で構成されるので、その電離層の状態を上手く捉えて運用しないと空振りに終わります。そのときメチャクチャ役に立つのがこのホームページです。
私が出している電波は世界中のどこかの局に届いている場合があります。交信成立した局はもちろん、交信しなくても彼らの運用ソフト(WSJT-XやJTDL)は私のメッセージをデコードしていることがあります。私のWSJT-Xでも直接交信しなくても沢山の局の信号をデコードしています。WSJT-XやJTDLには、その情報をPSKReporter.infoのデータベスへ送信(インターネット経由)する機能があり、多くの場合常に働いています。メッセージには必ず送信局のコールサインが入っていますので、PSKReporter.infoのデータベスは私のコールサインで名寄せして、私からの信号が世界のどの地域で受信されたかを画面上に示すことができます。同様にどの地域からのメッセージを私が受信できているかも表示できます。その表示が下記の写真です。
上の写真の各地域の吹き出しは、何分前に私からのメッセージを受信したかを表しています。この時は、ヨーロッパの一部とアジア、北米大陸、南米の一部、オーストラリア、ニュージーランドなどに届いていたことがわかります。でも、こちらからの電波が届いていても、向こうからの電波がこちらで受信できるとは限りません。その逆もしかりです。またこの状態は電離層の状態の変化と共に刻々と変わります。昼夜の周期や、15分から30分程度の周期で大きく変化します。双方向の伝搬状況が良好になるのは限られた瞬間なので、そのチャンスを逃さず呼びかけることになります。このホームページの情報を用いても交信はままならなのですが、このような情報があるのとないのとでは大きな違いです。真っ暗闇で、探し物をするのに懐中電等があるかないかみたいな違いです。
PSKReporter.infoの画面を見ながら、“オヨヨ、今は南米に届いているぞ” と慌ててCQを出したり、届いている局を呼び出したりして、交信が成立した時はご満悦です。