オーディオ雑感
-仮説:エイジングと学習-
かなり勝手な文章ですがお付き合いください。
前置き
昔、自家用車を買い替えると、数千kmは走らないと当たりが出てこないと言われていて、確かにそういう傾向はありました。模型エンジンを回したことがある人は良くわかると思いますが、ある程度の時間適当な負荷をかけて回してからでないとまともには使えませんでした(低回転にするとすぐエンストしてしまう)。これらはいわゆる慣らし運転が必要ということですね。エンジンのように物理的な摺動部分の多い機械は、慣らし運転で摺動部分が設計通りに削られてオイルも程よくまわるようになると快適に回転するようになるわけです。でも近年の車のエンジンは工作精度が高く、最初から快適に走りますね。
エイジングへの疑問
オーデイオマニアの間でよくささやかれる言葉に「エイジング」があります。本来は、「歳をとる」とか「老ける」という意味だと思いますが、どうもマニアの中では少し違う意味で使われているようです。たとえば、「このスピーカーは購入後、数十時間鳴らすとエイジングが進んで音が良くなってくる」とかです。最初はスピーカーに関してよく使われていたのですが、最近ではオーディオ装置全般に広く使われているようです。電子回路であるアンプやディジタル機器にまで使われて、「1ヶ月ほど聴いてエイジングが進んだらよい音になってきました」なんて記述をネットのユーザ評価欄でよく見かけます。
スピーカーやレコードのカートリッジ(針)には物理的な素材による可動部分がありますから、例えばスピーカーならエッジ部分が、カートリッジなら針先を支えるカンチレバーとダンパー(ゴム)部分が、それぞれ使い込むうちに動きやすくなってくることがあっても不思議ではないと思います。でもこれらのエージングが全て良い方向(音が良くなる方向)に進んでいるというのは不自然です。まして、電子回路であるアンプやCDプレーヤにも、「エイジングが進んで良い音になってきました」と言われると驚きです。さらにスピーカーケーブルに至っては理解に苦しみます。「エイジング」を「経年変化」と言い換えれば、電子回路もケーブルも年月とともに特性は変化するわけですから、音が変化してきてもおかしくはありません。でもその時間的な速さは、スピーカーやカートリッジのように可動部分を持つものと比べれば100倍から1000倍以上遅いはずですから、そう簡単に認識できるものではないでしょう。
とわ言え、そういう表現をするマニアの中には、本当に音が変わってきて良い音に聞こえるようになってきた方々もいるのでしょう。かく言う私も何度かそういう経験があります。どうしてでしょうか。いろいろ考えているうちに一つの仮説に至りました。慣らし運転にもエイジングにも与み(組)しない仮説です。
伝達関数の話
学生時代にアナログ回路の授業で伝達関数の勉強をしました。昔の知識なので表現に誤りもあると思いますが考え方はそんなに間違っていない(?)と思います。
例えば、聴き耳を立て壁の向こう側の音を聴いてもよく聞き取れないことが多いですね。音量が小さくなるだけではなく、音質が変わってしまい(多くの場合周波数特性が大きく変わってしまう)、何の音か、誰が話しているのかも判別できなくなってしまうことがよくあります。これは、壁が持っている音を伝達する特性が、壁の向こう側の音を変化させてこちらに伝えてくるからです。この伝達の特性を数式で表したものが伝達関数です。そこで、この伝達関数の逆の関数(逆伝達関数)を作って、壁を通して伝わってきた音にこの逆関数を掛けると、壁の向こう側の音を正確に再現できるということです。
関数f(x)をラプラス変換したものをF(S) で表します。ラプラス変換は電気工学や機械工学でよく使われる関数変換で、微分方程式を簡単に解けるようになります(普通の算術式で扱えるようになります)。そして、その答えに逆ラプラス変換を行えば通常の関数としての解を得ることができます。
ここで、上記の壁の向こうの原音の関数のラプラス変換したものをX(S) 、壁のこちら側で聞こえる音の関数をラプラス変換したものをY(S) とすると、この壁の伝達関数はG(S) となります。したがって、このG(S) の逆の特性を持つ関数(逆伝達関数)1/G(S) をY(S) にかけてやればX(S) を再現できるわけです。
これ以上ややこしい話を続けるとボロが出てきそうです、なにしろ半世紀前に勉強した知識ですからサビ付いています。
話の本題(仮説)
私たちが聴いているオーディオシステムからの音は、原音に対して、録音から再生までの間に様々なシステムの影響を受けてきたもので、これらを総合した伝達特性で原音から変化してしまっていることになりますね。話を自分が聴いているオーディオシステムに絞ると、CDやレコードに記録されている音やネットからダウンロードした音源からの音は、オーディオシステムの持つ伝達特性で何らかの変化を受けていることになります。ここで、前述のラプラス変換の形で議論を進めると、その音源の関数が上述のX(S)、オーディオシステムの持つ伝達関数がG(S)、聴いている音の関数がY(S)と言うことになります。もちろん、G(S)を知っているわけではないので、X(S)を求めて音源の音を聴くことはできません。
ここからが、仮説ですが、私たちはそれぞれに、良い音とか美音に関するある程度のイメージを持っているのではないでしょうか。聞きなれた曲であればなおさらそのイメージは強いと思います。「ここのところのピアノがいいんだよなぁ」とか、「このベースの響きがなんとも言えないよなぁ」等々。
そして、新しいアンプやスピーカーを使い始めた直後から、このイメージに合わせた学習が頭の中で無意識に始まります。つまり、私たちの持つイメージに合った音源の関数X’(S)を求めて頭の中に逆伝達関数1/G’(S)が構築され始まります。学習ですから時間(回数)がかかります。学習が速く進む要因と遅くなる要因があると思います。
学習が速く進む要因
・最初からイメージが近い場合
・評判の良い装置を手に入れたという意識が高い場合
・価格に見合って音が良くなると信じて高価な装置を購入した場合
・そもそも強いイメージを持っていない場合
学習が遅くなる要因
・最初のイメージが大きく離れている場合
・ちょっと躊躇して安価な装置で妥協してしまったという後悔の念が残っている場合
・持っているイメージが強い場合
・移り気な人
そして学習が遅くなる要因があまりに大きい存在の場合、その学習には苦痛が伴い、結果的にその装置に見切りをつけてヤフオク行きとなります。逆に、順調に学習が進めば幸せなオーディオライフに浸ることができ、愛機として末永く使うことになります。この場合、装置も人(聴力)も経年変化しますが、それにもめげずいつまでも学習が追従して行くことになります。私は50年近く前に購入したスピーカーを今でもよい音だと聞きほれています。
異論百出を覚悟していますが、これがエイジングの正体ではないだろうかと思い、老齢にも負けずに無意識な学習のおかげでよい音を楽しんでいます。